当時、外国人は隔離されていました。。

学生の時に中国へ。

 かつて芸人の猿岩石がシルクロードを旅してその映像がお茶の間に流れていましたが、それ以前にも一部の大学生の間では海外をバックパックで旅をすることが流行っていました。
 あのころは阪神大震災まで超円高に推移していく頃。アルバイトで貯めたお金で、夏休み・春休みは海外旅行ということが比較的容易にできました。

中国旅行のルート

 中国には、バンコクから空路で❶昆明へ。その後、❷西安→❸ウルムチ→❹カシュガル→パミール高原→パキスタンを経て陸路でインドへという一人旅。日本円とUSドルが入った貴重品袋を首からぶら下げ、その上にTシャツという姿です。それはとても暑い夏でした。

当時の中国の様子

 中国を旅した1993年は、1989年の天安門事件以後停滞していた経済が外資の進出とともに急速に拡大しはじめる頃。海外からの投資を呼び込みために外国人の旅行者も増え始めていましたが、まだ現地の中国人との接触は制限されていました。たとえば、ホテルや列車などは、外国人専用のホテルや列車にしか乗れません。料金も外国人料金が設定され、かなり割高でした。

夜に昆明の空港に到着。

 バンコクから昆明へは、中国南方航空で。機内で出された弁当はご飯の上にチンジャオロース?がのっかったもので、手渡しではなく膝の上に放り投げるのが当時の中国のスタイル。機乗記念にキーホルダーをくれました。そして、昆明の空港には夜に到着。
 まずは、中国元を入手しないことには動けません。しかし、銀行や両替商は店を閉じています。どうする、明日まで待つ?でもそこは、能天気な学生。とりあえずバスに乗ってみた。

バス内はすし詰め

 地球の歩き方中国編を片手に、バスの運転手にホテルに行きたいと自分では言ったつもりですが、伝わったのでしょうか。とりあえず満員バスに乗ったもののすし詰めで何も見えない。これからどこに行くのかな。なんて考えていました。小一時間ほどして周りの乗客が私に中国語でワーワー言ってきました。言葉は理解できませんが、どうやらホテルの近くらしくここで降りるといいみたい。シェイシェイ!なんて言いながら降りようとすると今度は乗客たちに囲まれます。

取り囲む乗客たち

 バスから降りようとすると、今度は乗客たちに取り囲まれました。また、何かワーワー言っています。何だって?そう、運賃を払え!と言っているようです。しかし、100ドル札と一万円札、いくらかのタイバーツしか持っていません。必死に「I have no money. Please tell me how shold I do!」と言うのですが、英語が通じません。ひたすら乗客からは責め立てられます。
そこで中国語で、「私は日本人です。」といった後、体をくねくね使ってお金が無いことを表現してみました。もう、無我夢中です。そしたら、一瞬「おー」みたいな声とともに、乗客たちが私の顔を見つめています。しばらくして、バスを無事降りることができました。あの時のバス内の光景は、今でも鮮明に覚えています。。1994年頃から江沢民による愛国教育が始まるのですが、当時はまだこんな感じでした。。

ホテルに入ってみた。

 とりあえず目の前に現れたホテルに入ると、まだ両替の窓口にきれいな女性がいます。そこで早速1万円を中国元に両替。そして、いまきたバス停に帰ってバス代を払おうとしたのですが、バス停にはバスはいません。当たり前のことなのですが、たぶんテンパっていたのでしょう。。もう一度ホテルに戻り、受付でチェックインをすることにしました。

受付のお姉ちゃん

 受付のお姉ちゃんは、20代前半の若い子にみえました。もちろん、英語が通じますが私の方が若かったからでしょうか、とても高圧的でサービス精神が全く感じられません。建物のあっち側にはいくな。など色々いわれた気がします。そして、ついた部屋の印象は。。学校、病院とかそんな感じ。無機質なコンクリートの建物です。トイレも溝が一本あるだけ。その溝で用を足すのですが結構排泄物が溜まっています。そしたら、どこからかおばちゃんが現れ、ホースの水を勢いよく溝に流して綺麗にしてくれました。まぁ、水洗トイレといえば水洗トイレなのですが。。

朝の昆明

昆明 翌朝ホテルをでて屋台で朝飯。地元の皆さんが食べているものを指さし、白い汁に麩が浮いたようなものを注文。周りでは、太極拳やら朝市で買い物している人やら活気にあふれています。しばらく眺めてホテルに戻ろうとすると、ホテルの前でなにやら話しかけてくる人が。
 まだ若い夫婦でかわいい赤ちゃんを抱いています。奥さんは英語を話せるのですが、旦那さんの方は英語はダメなようです。奥さんの話を聞くと、彼女の作った手織りで刺繍の入った布を買ってほしい。とのこと。かなり素敵な布だったので壁掛けに最高だと値段交渉をしていると彼女から提案が。もし買ってくれたら、西安までの列車のチケットを外国人料金ではなく、中国人料金で買ってきてあげると。貧乏学生だった私は、え~本当?と大喜びして商談は成立しました。

昆明の少数民族

 昆明は雲南省の省都。雲南には少数民族が多く住んでおり、ホテルの前で出会った夫婦も少数民族でした。今ではツアーで少数民族の村などに行けるようですが、当時はそんなのなかったです。また街並みも学校のようなホテルが一番豪華な建物でした。現在、昆明は高層ビルも林立し、意外なほどに大都市となったようです。

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